HIPHOPとの出会い-その1 1993-1994 15歳 中学三年生

清瀬駅前ダンサーズHIPHOP

今でもHIPHOP

俺がHIPHOPと出会った時の話や、やり始めた当時の気持ちなどを書いていこうと思います。

って別に俺はアーティストでも有名人でもない、ただのHIPHOP好きです。今でも好きです。一生楽しめる文化だと思ってます。出来る出来ない、やれるやれない、いろいろあるけど気持ち的には、死ぬまでBBOYだと思っています。初めの文の所、取り消す。アーティストだと思っているぜ。自分では思っているぜ。

昔を知ってるからどうとかではなく、単純にあの頃教えて貰った事や学んだ事を書いていきたい。感謝を込めて。清瀬の中学生がHIPHOPに夢中になるまでを。

あの頃はまだ、HIPHOPが一般的ではなかったよな。新しい文化ていうか、楽しい事が始まっている感じがしたよな。Back to tha 90’s!! 90年代のあの空気感を忘れずに行くぜ!!

清瀬駅前ダンサーズ

清瀬駅前ダンサーズ!16歳!高1!青シャカにキャップが俺ね。

15歳。おしゃれ フリーマーケット

15歳。中三。おしゃれをする事に目覚めて洋服が気になる年頃に。けれども新品の洋服は高くて買えない。少しでも安い古着屋やフリーマーケットに行くようになりました。フリマって言ってもバザーみたいな感じだったけど。所沢の航空公園によく行ってた。他の場所も調べて行ってた。ネットがないから電話で聞いてた。で、よく行っていたのが代々木公園のフリーマーケットです。少し遠かったし電車賃も掛かっていたけどね。2.3千円位持って行ってたのかな?千円位でも行ってた気がします。安くていいものを掘り出すのが楽しかった。ディグの精神はもとからあったね。笑。
最近は、フリマには行かなくなったけど、セカンドやトレジャー、オフも近くにあるのでよく行きます。なんなんだろうね。このディグ好きは。

代々木公園のホコ天

フリマ帰りにホコ天をチラ見していました。ホコ天のブームは終わっていたので、あまり人はいなかった気がします。ここでブレイクダンスを生で見るのです。バンドのライブの中、一か所だけブレイクを練習しているグループがいて、周りと雰囲気が違っててなんか気になっていました。ダンスの凄さや技の凄さにも驚くんだけど、なんかあのルーズさがかっこよかったんだよな。ローライダー(自転車)とか乗ってたのを覚えてます。彼女なのか女の子も乗せたりしてて、かっけーって思ってた。
で、代々木のフリマ後にブレイクを見るが毎月のルーティンになって行きます。今日ダンスやるといいなとか思って行ってた。おっかけだよな。気付かれない絶妙な距離で見てました。笑。たぶん向こうは気付いてたよな。俺が女だったらやられてたよ。つうかやらしてた。って冗談だけど。その時は、「ダンスを教えて下さい」とは言えなかった。話す事は出来なかったんだよな。

やってみる?

 

だんだんやってみたくなる。ホコ天チラ見も2.3回位の時にやってみたくなった。今、目の前のステップを見て覚え、やってみようと思った。今すぐやらないとまずい。体動かして覚えないと駄目と、出来る場所を探しました。そこでは踊れなかった。いい場所がなかなかなくて(人の目が気になるので)トイレに。公園内のトイレに。人が来ないのを確認して、今覚えたてのステップをやってみた
これが俺のHIPHOPの始まりです。ここから始まりました。トイレで!トイレの鏡の前で!

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その時は上手くできなかったと思うけど、ステップをやってみた興奮はあった。「やっちゃった。踊っちゃった」みたいな。ギンギンの目になっていたと思う。それから家の鏡の前や近所で練習するように。フリマで買ったダンス甲子園のビデオを見たり。インペリアルがブレイクをやっていたよな。コマ送りで見てた。ビデオだからノイズが入っちゃてた。こたつの上のテーブルを床に置いてくるくる回ったりもした。基本のステップが出来るようになった時は嬉しかったな。技を覚えた感じがした
情報に飢えてた。ダンスの情報は何でもチェックしていた。チェックのたつだぜ。深夜番組や海外のMVでダンスをチェック。パクって覚えてた。ステップを真似して覚えた。代々木のフリマもホコ天も変わらず行ってた。(ダンスを)盗んでやってみるの繰り返しだった。
家での練習はラジカセを持ち出してやっていた。それっぽい曲をかけてた。

スタートはブレイクダンスからだった。踊れたらカッコいいと思っていました。

清瀬駅前ダンサーズ

清瀬の西友前。バッキンダディ。

グラフィティ 落書きだけど落書きではなかった

代々木公園で知ったのがもう一つあります。それはグラフィティです。
公園内をうろちょろしてる時に見つけて、気になっていきます。あの頃はまだ町にあまりなかったからな。代々木のは大きくてしっかり書かれてました。落書きのレベルを超えてた。近くで見ると厚みがあって、細かい所にもアイデアが詰まっている感じがしました。写メなんかないから覚えて帰って、真似して書いてみるようになります。家で画用紙に絵の具で書いてました。上手くは書けなかったけど。。。

で、代々木で確認。文字の崩し方や、色の使い方、立体ぽく見せる書き方などを盗んでました。
「上紫で下オレンジ、白でラインを細く書いて光の表現に」みたいな事を帰りの電車の中で確認していた。で家で書く。なんとか完成出来るようになっていき、書いた後嬉しくて部屋に飾ってた。全然下手だったけど飾ってた。いっぱい描くようになっていきます。

部屋に飾ってたグラフィティ

16歳高1の頃の部屋。ちなみに背景が緑と黄色のが一番初めに書いたやつ。

部屋に飾ってたグラフィティ

もっと飾ってあったと思うけど写真がない。

グラフィティも好きになって行くんだよな。よく授業中に書いてたな。

ダンスとグラフィティは代々木で学んだ

とりあえずやってみる事。技を盗んで練習する事。これが重要なんだと思った。上手い下手は関係なかった。

この頃が中三です。写真は高1のだけど。高1の時に写るんですとかのインスタントカメラが爆発的に流行るんです。なのでそれまでの写真があまりない。いや修学旅行や部活の写真とかはあったけど、それを貼っちゃ意味わかんないもんな。部活はサッカーをやっていました。3年の初め位で卒業だったよな。で、受験勉強だよ。その合間にHIPHOP活動をやっていたんだと思う。

 

日本語ラップはまだ中学生には届いてなかった。MCハマーとかは少し前に流行った。少しだぼっとしたスケーターファッションの人が増えてきてた。ブルーハーツはずっと好きだった。とぶくすりやギルガメ、サンタフェはちょい前か。T.Kサウンドもまだ、安室ちゃんもまだです。ギャングもコギャルも居なかった。

次回予告!

次は今夜はブギーバックの事。

94年の3月に今夜はブギーバックが発売されます。これライブ見てるからね。ピーダッシュのオープンイベントで。中学卒業前の忙しい時に。

ピーダッシュパルコのオープンイベント

日本語ラップにはまっていくきっかけの曲。日本でHIPHOPが認識された大ヒット曲です。これ生で見てるから!その話に続くぜマイメン。覚えてるよな。

 

 

きゃっちのたつ

トライアスロン、マラソンに挑戦中のBBOY!

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